第55章 こうするしかなかった
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学長室にある固定電話の受話器を置いて、流れるため息を止めることなく一点を見つめる。
(…しくじったか)
やってしまったことはどうにもならない。
普段から判断に後悔を残さないように気を付けているが、現に後悔が押し寄せている。
「…何ですか」
「…そんな顔するな。寄っただけだ」
落ち着かない心に連れられて、医務室へやってきた。
部屋の主は怪訝そうな顔をしたけれど、仕事を増やしに来た訳では無い。
「珍しい。千夏絡みですか?」
「…」
「やっぱり。さすが親子」
”親””子”
ああ、胃が痛い。
不思議そうな視線を受け取りながら、ここで勿体ぶっっても仕方がないと腹を括り、ことの始終を簡潔に伝えた。
「はぁ?馬鹿でしょ」
”一応”、今までは言の葉の中に敬いを感じていたが、それすらもなくなってしまった。
「ねぇ、聞いてます?」
「ああ、もちろ…」
「今の千夏の様子、伝えましたよね?」
「…ああ」
生徒と共に沖縄に行った際、千夏の姉妹を殺した犯人と遭遇し、幼い頃に出会った呪霊が祓われ…、過去の辛辣な記憶を何重にも突きつけられたことで、千夏の心は壊れ…
「絶対今じゃないでしょ…」
「俺だってそう思ったさ。でも、親の心を思うt…」
「私は…!」
硝子は小さくも迫力のある声で、空間を自分のものにした。
「…千夏を捨てたあの人達を好きになれない」
硝子の気持ちも分かる。
でも────
「違う。捨ててなんかない」
「…じゃあ、何だって言うんですか」
「…タイミングが、悪かっただけなんだ」
「…そうですか」
俺だって全て知っている訳では無い。
でも────
「でも、千夏は泣いてたんですよ。あの頃の千夏が泣くって…相当なことですよ。それをお分かりで?」
分かってる。
でも────
でも、でも、でも。
俺達は何も真実を知らない。
そのことを思い知らされるが、どうにもできない。
俺達が介入できるのは、ごく一部だけ。
それがとてももどかしかった。