第55章 こうするしかなかった
もう何年も会っていないけれど、毎晩千夏のことを考えています。
貴女が亡くなったと、夜蛾先生から聞いた時はとても信じられませんでした。
それから、千夏との思い出の場所を離れ────
などなど、と。
誰もいなくなった寂しい部屋で、サザエさんのコップを置く音だけが響く。
私の手元には一通の手紙。
こうした私用の手紙を受け取るなんて初めてのことだ。
『野薔薇、いいから。頂戴?』
『でも……。…分かったよ』
”八乙女千夏 様”
”笹沼志帆”
野薔薇にこの話をした覚えはないけれど、手紙を見て隠そうとしてくれたということは、知らぬ間に話したのだろう。
ささぬま、しほ。
この名前を…15.6以来、初めて見た。
クシャリと手紙が歪む。
『どういうこと?』
『…すまない』
『私、何も知らなかったんだけど』
そのシワはさらに濃くなって、もうまっさらなものには戻らなくなってしまった。
『家の話を嫌がってたk…』
『そこじゃない。なんで今なのって話』
『…すまない』
『もう…!なんで…』
ささぬま、しほ。
その名が私の周りをグルグルと回って、離れてくれない。
正直に告白する。
皆が消化不慮の顔で帰って行ったあの後、本気で死んでしまおうと思った。
果物ナイフを手に取るところまで行った。
「死のう」という立派な決意ではなく、「あ、死んじゃおっかな」って。
もう何もかもぐちゃぐちゃで、1度リセットしたかった。
何で皆を帰らせてしまったんだろう。
誰かの目がないと、自分が何をしでかすか分からない。
ピンポーン
理由は分からないけれど、玄関の扉が壊れているらしい。
恵が言っていた。
そのことが事実であるように、インターホンカメラに写る女性は斜めに外れた視線を上下に移動させていた。
「…和田、さん?」
『あ、こんにちは。突然押しかけてすみません』
この訪問は吉か凶か。
私に判断する理性は残されていなかった。