第54章 曇
「…起きねーな」
「…そーね」
「熱は?」
「7度2分」
ベットの横で3人並んで腰を下ろしている光景は、なんとも狂っている。
「…苦しそう」
「…なんの夢見てるか知らねーけど」
「…大体予想つくよな」
しかも、苦しそうにうなされる人を前にして、誰一人動かないのだから。
「…」
「「…」」
釘崎はベットに肘付きながら、悶え苦しむ八乙女さんを無表情で見続ける。
そしてしばらく、俺達は八乙女さんの荒い息遣いをバックグラウンドにして、そのまま静かに座っていた。
「…あんたがたどこさ」
ふと、釘崎が呟く。
「ひごさ、ひごどこさ…」
熊本さ、と。
釘崎は続けて歌う。
すると、八乙女さんはゆっくりと、ゆっくりと…落ち着きを取り戻していく。
「…この歌の何がいいのか分からないけど、昔っからこうなるの。」
昔、か。
「…釘崎って八乙女さんと仲良いんだろ?」
「普通よ」
「昔っから…その、狙われてんの?」
「まぁ…多分ね。でも、ここまでうなされるなんてなかったよ。取り乱すことは何回かあったけど…」
色んな八乙女さんの顔が思い浮かぶ。
笑った顔、泣いた顔、怒った顔…。
「五条先生と別れてからの八乙女さんは異常だ」
急に笑ったり、急に泣いたり、とにかく情緒が不安定すぎる。
それでいて、自分が”かなり”おかしいという自覚がない。
誤魔化せると思っているのが馬鹿らしい。
「俺さぁ…こっち来るまで死が身近じゃなかったっつーか…。人って無条件に生きられるもんだと思ってた」
そんな世界であるのが普通なんだ。
「…俺が想像するより、何倍も辛いんだろうな…」
俺達の手が届かない領域で、苦しむ人がいる。
それを見ているだけでは何も解決しないのは分かっているけど────
「…でも、私達の助けなんていらないんだろーね…」
釘崎の呟きに、俺達は何も返せなかった。