第54章 曇
「すみません、ご迷惑をおかけしました。ちゃんと言い聞かせますので…」
ある日、お母さんが学校に呼び出されて、三者面談が行われた。
「八乙女さん」
「はい」
「辛いことがあったらなんでも話すのよ」
お母さんは終始頭を下げていたが、私にはどうしてお母さんが呼び出されたのか、どうしてお母さんが頭を下げているのか、理由が分からなくて、ただただ先生を憎んだ。
「ちゃんと授業は受けなさい」
お母さんがそう言ったから、やっと私は気づいて。
「分かった」
授業は受けよう、と思った。
お母さん達が通わせてくれているのだから、確かに私は悪いことをしていた、と反省した。
「どうして授業をサボったの?教室に居たくなかったの?」
先生にも同じことを聞かれたけれど、お母さんになら答えてあげよう。
面倒だけれど、仕方ない。
「先生が前を通り過ぎるの。私を探してるんだけど、見つけられないの。面白いでしょ?」
そんな感じのことを言った記憶がある。
千春と一緒で笑い飛ばしてくれるかなと思ったけど、お母さんは顔を歪めてその場に立ち尽くし、挙句の果てに頭を抱えてうずくまってしまった。
「どうしたの?大丈夫?」
覗き込んで視線を合わせると、お母さんは私の肩に手を置いて声を絞り出した。
「どうして普通に生きてくれないの?」
やはり、自分の言葉は自分の言葉で、他人の言葉とは完全にかけ離れている。
私はこの時、”初めて”普通に生きていないことを自覚した。
それと共に私の培ってきた全てが崩れ去るのが分かった。
「…!ご、ごめんね。今のは忘れて」
「…うん、忘れる」
すがりついてきたお母さんの体温はとても温くて。
この時私の瞳に写った景色は一生忘れないだろう。