第54章 曇
「うっわ。八乙女さん、びちょびちょ!」
「うけるー」
私が気に食わない1部女子が私のことをからかってきても、私が思うことはただ1つ。
(波風立てず、平穏に…)
ここで言い返せば、目立ってしまう。
ここでやり返せば、目立ってしまう。
小学校の時もいじめは受けていたけれど、何食わぬ顔をしていれば数ヶ月でいじめはなくなる。
だから、大丈夫。
「千夏…。どうしたの?」
「コケた」
体に傷が増えても、お母さんは深くは聞いてこない。
夜中に泣いているらしいけれど、私は泣いて欲しいなんて頼んでない。
『逃げる方法は幾らでもあるからな』
「大丈夫」
『…千夏』
「何?」
『今度どこかに遊び行こう』
「うん」
膝や肘の擦り傷だって痛いはずなのに、全く痛くない。
お母さんが泣いていて胸が苦しくなるはずなのに、全く苦しくない。
遊びに行く予定が決まって楽しみなはずなのに、全く楽しそうに思えない。
(波風立てず、平穏に…)
私はこの言葉に支配されていた。
「あら、八乙女さん…。班のみんなは?」
「知りません」
「探さないと。はぐれたなら連絡してちょうだい?」
校外学習の班活動も、私を置いて皆でどこかに行ってしまったし。
1人で回るしかなかったのに、どうして先生は私を怒るんだろう。
「自分から話しかける努力もしないと、ね?」
体育の時も、ペアの子がどこかに行ってしまうから話しかけることすら出来ないのに。
どうして先生は私を注意するのだろう。
(波風立てず…平穏に…)
どうして?
私がいるから平穏が崩れる。
それなら、みんなの目のつかない所で息を潜めて過ごそう。
この頃から私は授業をサボり始めた。
保健室や図書室の隅に隠れて、私を探しに来た先生を撒く。
いつしかそれが楽しくなって、隠れることが目的となりつつあった。
それが平穏を壊していたなど、教室にいなかった私には知る由もなかった。