第54章 曇
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「はいこれ」
ある日の昼下がり、忙しい中硝子に呼び出されて、仕方なく硝子の部屋へやってきた。
僕はお客さんなのに挨拶ひとつなしに、硝子は机の上に何かをばらまいた。
「なにこれ」
そのうちの一つを手に取り、錠剤を前後左右裏表観察する。
「何の薬?」
硝子は自身の机に寄りかかり、マグカップの中の飲料で喉を湿した。
「抗うつ剤」
僕は医学的な専門知識はないけれど、抗うつ剤の存在は知っている。
成分や副作用、効果などは全く知らないけれど、抗うつ剤が処方される病はある程度思いついた。
「飲んでんの?」
僕の質問に硝子は首を振る。
「欲しいって言われた」
「誰に」
「千夏に」
硝子はマグカップを置いて、錠剤をひとつ手に取った。
「千夏なりに調べたんだろうけど、情で薬は処方できないからね。欲しいなら病院紹介するって言ったら、大人しく引き下がったけど」
硝子は昔から変わらない。
怒っている時も、悲しんでる時も、疲れてる時も…どんなときも声の調子を変えようとしない。
「そろそろ壊れるんじゃない?」
千夏の我慢強さはお互い知っている。
けれど、硝子はそう言った。
「この間の沖縄の件が、かなり効いたのか…」
「そうだと思うけど」
「対応できない?」
「親友として話を聞くことならできるけど、医者としては無理。勉強する時間もないし」
過去は消せない。
どんなに頑張っても、いつかは千夏は過去と向き合わないといけない。
「…そんな顔すんな。五条がした選択だろ」
「…七海や学長と協力して気にかけて欲しい」
「分かってる。私達がやんなかったら、生徒に頼むことになるだろ?」
「そう、生徒達はダメ」
千夏にとって野薔薇を含めた生徒達は脆い存在。
嫌われないように、自分を取り繕うに決まってる。
「また何かあったら連絡する」
「…ほんと、助かる」