第6章 変わらない優しさ
気づいたら、千夏の顔が間近に見れる場所を陣取っていた。
つまり、あと数センチで千夏にキスできる位置にいるということ。
千夏の寝息が顔にあたる。
以前、似たようなことがあった。
河川敷で、夕日を見ながら。
あの時も、同じことを言った。
「…していいよ、千夏」
名前を呼ぶと微かに千夏が反応する。
「千夏」
また、ビクッとなる。
少し面白い。
無意識なのか、意識があるからなのか。
(どちらにせよ、寝込みを襲うのはナイスガイじゃねーな)
自分の人の良さが嫌いだ。
大罪人になれれば、こんなもどかしい思いをしなくて済むのに。
いつも通り、戸棚を巡回。
本日在籍されている方は、ドーナツとエビせんと板チョコ。
そして、皆勤賞の飴。
『何で飴が好きかって?そんなの美味しいからに、決まってるでしょ。あとは、私にとって大切な思い出だから』
千夏が1番好きな飴は、京都の飴細工の店から取り寄せたもの。
いつも腰にその飴缶をぶら下げている。
けれど、この飴は自分では買わない。
1年に1回、俺が与えるのを待っている。
なんていい性格をしているのだろう。
なんだか千夏にイライラしてきたので、飴以外のお菓子を全てかっさらうことにした。
ドーナツは俺が食べて、エビせんは傑にあげて。
チョコレートは半分天内に、もう半分は俺が食べる。
そんな計画を瞬時に頭の中で立てた。
「じゃーな、千夏。帰ってくる頃にはその顔どうにかしとけよ」
足でドアを閉め、元々預かっていた合鍵で鍵を閉めた。
「遅い」
「ちょっと寄り道しててねー。あ、これみんなで食べるお菓子な」
「悟のじゃないだろ」
「当たり前じゃないか、傑くん。いつもの所からいつものように持ってきました」
『…さと、る』
突然フラッシュバックした千夏の声。
「どうした?」
「いや、何でも…」
久しぶりの下の名前呼びが、意外と効果があったことを自覚した瞬間だった。
お菓子を采配する裏で、激しく心臓が鳴り響いていたことは、誰も知らない。
五条悟以外は、誰も。