第46章 舞文曲筆
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「…今日泊まっていい?」
「どうぞ」
「あそこの薬局って24時間営業だよね」
「確か…。はい、24時間営業です」
「寄って」
「はい」
目を真っ赤にした千夏さんを連れて、薬局に車を停めた。
女性は何かと買うものがあるのだろうと思い車内で待つことにしたけれど、やはりついて行った方が良かっただろうか。
五分ほどで戻ってきた千夏さんは小さな袋片手に、今度は助手席に座ってきた。
「お邪魔します」
いつもの様子とは正反対に礼儀正しい姿を見ると、何だか胸がザワつく。
サンダルを揃えて中に入る千夏さんの後ろ姿。
彼女は締め付けがなさそうなワンピースを身につけていたが、その背中の一部が湿って色が変わっていた。
「…お風呂借りていい?」
「構いませんが…」
…。
位置と言い…、そのシミに関して何も検討が無いわけではない。
けれど、それに触れるのには躊躇いがある。
千夏さんが異性であることや、五条さんに対するある程度の信頼…。
何より、彼女に対する憧れに似た恋心が邪魔をしていた。
彼女がシャワーを浴びている間、話の切り出しを考えた。
千夏さんから話を始めてくれれば楽だけれど、私の想定する内容の話であれば彼女から話させたくない自分がいる。
「シャワー、ありがとう。コーヒー牛乳飲んでいい?」
許可を求めるより先に冷蔵庫を開ける彼女。
まぁ、全く問題は無いのだけれど、いつも通りの彼女と不安定な彼女がコロコロ変わって接しにくい。
「…七海ちゃん」
彼女が棚からグラスを選んで、コーヒー牛乳を注ぐ。
パックの先から茶色の液体が漏れ、その焦点はグラスの口に合っていない。
慌てて駆け寄ると、彼女の手は震えていて飲み物が台に零れている。
パックを奪って置くと、彼女は湯で温まった体をピッタリつけてきた。
「私っ…悟に……無理矢理された」
やっぱりか、と彼女を抱きしめながら考えた。
彼女は五条さんがお酒を飲んでいて、拒む体を無理矢理……、と。
私と別れたからあったことを、彼女が何に傷ついているのかを、教えてくれた。