第46章 舞文曲筆
そんな風に自分の欲を抑えていたのに
”助けて”
それは簡単に彼女の一言で暴走する
五条さんでも、家入さんでもなく、私に電話をかけてきた彼女は、確かにそう言った。
それだけで私が車を走らせる理由がある。
20分で行くと言ったけれどそれはやはり不可能であり、彼女の家の前に着いたのは電話から23分後の事だった。
真夜中の運転は交通量が少なくて助かった。
彼女を見つけるのはとても簡単だった。
マンションの出入口の外。
電柱横に、彼女は腰を下ろしていた。
彼女は私の車を見つけると、直ぐに寄ってきて後部座席に乗り込んだ。
「グスッ…」
彼女の涙を見るのはこれで2度目だった。
どの涙も全て…。
「私の家でいいですか」
「どこ、でもっ…い、いから…」
何があったかを聞くのは後でいい。
とにかく車を走らせて家に向かった。
チッ、チッ、チッ…
バックミラーで彼女の様子を確認すると、まだ彼女は泣いていた。
しかし、先程よりは落ち着いたように見えた。
「…寒くないですか」
「…大丈夫」
それにしても、彼女が五条さんを拒むなんて余程のことだ。
青信号が光ることを確認してから、車を進めた。
「…顔が好きなの」
ポツリと、そんな言葉が聞こえた。
「白い髪の毛…、悟にしかない瞳…、透き通るような肌…」
彼女が五条さんを褒めるのはいつもの事。
「声も好き。高すぎもせず、低すぎもしない…。声を聞くだけで心が落ち着いて…。千夏って呼ぶ声…、好きって言う声…。耳元で言うの、大好きだよって…。全部、全部…好き」
けれど、少しだけイラつく。
そのイラつきはハンドルを持つ指に出た。
「でも、1番好きなのは…私を大切にしてくれるところ。優しくて…いつも私のことを考えてくれて…」
彼女は再び嗚咽を漏らし始めた。
「…悟は、私をっ…傷つけたり、しない…」
そして、家に着くまで同じことを繰り返していた。
私は悟が好きなんだ、と。
悟は私を絶対に傷つけない、と。