第42章 ばいばい
「千夏さんなら正面から入ってきてくれて、構いませんのに…」
「皆さんしかいないときなら、そうさせて頂きますよ」
立ち上がって、膝についた土を払った。
チホちゃんの泣き顔に驚いた篠原さんは話を聞こうとしたけれど、私が適当にあしらうと察してくれたのか、チホちゃんの頭を撫でるのみで留めてくれた。
「篠原さん。悟さんはお帰りになりましたか?」
「坊ちゃんなら先程…。ああ、千夏さんは坊ちゃんに御用ですか?」
私が頷くと篠原さんは上品に笑った。
チホちゃんは今にも走り出しそうだったけれど、その顔で悟に顔を合わせたら追求されるとアドバイスをして、カバンから取り出したハンカチを渡して顔を洗うことを進めた。
ハンカチを持ったチホちゃんは深く頭を下げて、顔を洗いに水道へ向かった。
「坊ちゃんを呼びましょうか?」
「…少し中に入っても?」
「もちろんです。さぁ、こちらに」
篠原さんに合わせて歩みを進める。
使用人用の扉から中に入り、靴を持って中を進む。
途中見知った顔と何度もすれ違ったが、皆好意的に挨拶してくれた。
「…ここだよね」
「はい…っちょ、千夏さん…!」
悟の部屋だと確信を得られたので、ノックなしに勢いよく扉を開けた。
棚の中を漁っていた悟が驚いてこちらに顔を向け、私を見て目を丸くした。
「…千夏?」
私はズカズカと入り込んで、悟の腕を掴んで引っ張った。
「ちょ、何?」
篠原さんに頭を下げて縁側から飛び降り、裸足の悟を連れて車に向かった。
車に悟を押し込むと直ぐにエンジンをかけて、とりあえず出発した。
「ちょっと待って、どこ行くの」
「…」
「僕、何も持ってないんだけど」
靴すら履いていない悟が持っているものといえば、パーカーとズボン、サングラスくらいだろう。
「いい…の。悟は何もしなくていいの」
私が言えるのは、これだけだった。