第42章 ばいばい
けれど、家の中にもタチの悪い人間はいる。
「誰にやられたの?」
「大丈夫です!何ともないですよ!」
チホちゃんはわざとらしく笑った。
私はこの笑顔が苦手だった。
子供の笑顔はもっと無邪気なものでいいのだ。
「言って」
「…本当に、大丈夫なんです」
私がここで手を出したら、チホちゃんの扱いがもっと酷くなるかもしれない。
でも、悟だったら。
悟だったら、絶対に見て見ぬふりはしない。
「もう、チホちゃん…。本当に偉いね」
チホちゃんに向かって腕を広げると、あんなに硬かった顔がほぐれて。
目を潤ませて私の胸に飛び込んできた。
私まで泣きそうになる。
小さな体で、慣れない場所で、年に合わない手伝いという名の労働をして。
その孤独での戦いは誰にも分からない。
私にも分からない。
「本当に辛かったら、私のこと頼ってね。頼りないと思うけど」
おばばや悟もチホちゃんのことを助けたいけれど、中々チホちゃんの異変に気づけない。
私だって前に来た時にたまたまその現場を見たから気づけたわけで、2人は様子がおかしいことは気づいていると思うけれど、それが何かは知らないはずだ。
「千夏、さん。ありがとうございます…」
「…今はチホちゃんの意見を尊重する。無理はしないで」
チホちゃんは力強く頷き、もう一度私の体を抱きしめた。
「あれ、チホちゃーん?」
困ったような声が聞こえてきた。
「あ、ここです!」
チホちゃんが声をあげると、彼女は茂みの向こうから姿を現し、私達を見て目を丸くした。
チホちゃんを抱きしめているのが私だと分かったのか、彼女は困ったように笑って小さく頭を下げてきた。