第42章 ばいばい
スーパーの袋をそのまま持って、レンタカー屋に向かう。
いつも通り用紙を書いて、黒の軽トラを借りた。
冷房をつけることなく、法定速度ギリギリのスピードで走らせた。
そして、紫の空が広がる道路の脇に車を停めた。
「はい…」
扉の向こうから顔を出した10歳そこらの女性は、私の顔を見ると直ぐに顔を明るくして。
勢いよく扉を開けて私を向かい入れた。
けれど、私は前を手に突き出して遠慮した。
彼女の名前は忘れてしまったけれど、感情豊かな姿を見てもう少しで思い出せそうだ。
「悟を呼んでもらってもいい?」
「はい!すぐに!」
そうだ、と彼女の名前がチホちゃんだということを思い出した。
彼女の活発な笑顔と着物ながらの俊敏な走り。
意外とすぐに悟はやってきそうだ。
悟が渋らなければ、の話だけれど。
「あーあ、いい加減…」
知らぬ男の声に外壁に身を隠す。
開いた扉を不審に思わなければいいが、と思ったけれど、こんな使用人が利用する扉を”坊ちゃん”達は気にしないだろう。
まぁ、彼らが五条家の血を引く者か、側近か…誰だか知らないけれど。
「あれ、千夏さん?」
「ああ、ごめん。ここ、ここ」
小さく2つ結びしたチホちゃんは、申し訳なさそうな顔をして寄ってきた。
「ごめんなさい。今、悟さんは出かけてるらしく…」
「そっか」
「私が予定を把握してないせいで…」
「突然押しかけた私が悪いの。チホちゃんは何も悪くないよ」
チホちゃんは頭に手を当てながら照れた。
着物がズレて手首が見える。
その手首には赤い手形が付いていて…。
「…」
「あっ」
チホちゃんは慌てて隠したけれど、そのせいでさっきまで普通だと思っていた髪型が変化されたものであることに気がついた。
さっきまではこんなに崩れていなかった。
「な、何でもないですよ…へへ」
チホちゃんの両親は昔に亡くなり、数年前に叔母にあたるこの家のお手伝いさんに引き取られた。
今はこの家で働き、一生懸命役に立ちたいと奮闘する女の子。
1度しか顔を合わせていないのに、私にも良くしてくれる優しい女の子。