第40章 宵闇
「あのね、僕には千夏しかいないの」
千夏が泣きながら何度も頷く。
「死なれたら本当に困る」
「うっ…んはっ…」
「本当に、困るんだよ」
何度かティッシュを交換して、出血はだんだんと治まってきた。
「…それでも話せない?」
「うっ、ん。これ、だけは、どうしても…」
「どこで何してたのかなんて、聞いても言えないよね」
「ご、めんなさ…」
千夏は一体、何を背負っているのか。
「さっき、僕には言えないって言ってたけど、他の人になら言える?」
千夏はゆっくり、首を横に振った。
「じゃあ、僕の秘密と交換は?」
「…」
悠仁のことを話すのもやむを得ないと思ったけれど、これでも教えてくれないらしい。
けど、ここで折れる訳にはいかない。
僕にとって千夏は必要不可欠な人間。
恋人でもあり、親友でもあり、それ以上の関係でもある、とても大切な人。
千夏が誰よりも優しくて、誰よりも責任感が強くて、誰よりも綺麗な心の持ち主であることは、僕が1番知っている。
だから、千夏が隠し事をしても、危険な道を進んでいても、その裏には守りたいものがあって、決して利己的な理由で周り、自分に危険なことはさせないと分かっている。
でも、今回ばかりは無理だった。
「悟…」
「ごめん」
千夏の手をゆっくり解いて、立ち上がった。
「今は妥協できない」
「さと…」
「明日まで検査が終わるように調整しとく。今日はゆっくり休んで」
「待って…」
「明日、迎えに来れるか分からないけど、一応迎えに来る予定だから」
千夏が傷ついて悲しい。
嘘をつかれて悲しい。
けど、本当に悲しいのだろうか。
「じゃあ、ね」
悲しみと怒りはこんなにも似た感情であることを、思い出す日が来るなんて。
心が幼かった僕の情けない一面として奥に閉まっておいたのに。
携帯を開いてブックマークをつけているURLを開く。
そして、周りを気にせず暴れられ、かつ1日で終わる任務を探した。
普段の僕なら絶対に選ばないものだけれど、内容を深く読まずにすぐに申請した。