第39章 咲かぬ桜
樹齢を数えることすら苦労するであろう大木。
幹には苔が生えていて、それでも緑は綺麗に輝いていた。
そんなものが何本も生え揃う中、一角が異様であった。
幹は綺麗に蜜のようなものでコーティングされ、葉の隙間から漏れる光でキラキラと光っている。
記録的猛暑が続く夏にそぐわない、何とも綺麗な氷結晶が大木の右半分に生える葉を一つ一つ包み込んでいた。
あれが見たまま氷だとすれば、その氷が溶けないのはその木を包む空気が異常にひんやりしていることが原因だろうか。
人混みを分けて前に進む。
中々進めない時には無理矢理人を除けた。
「っ…!」
息ができなかった。
それよりも、何よりも、この目に映るものを受け入れたくなかった。
幹にもたれて座る女が1人。
その肌は青白く唇は紫。
それを象徴するように髪には霜が降っていた。
すぐにでも駆け寄りたいけれど、無理そうだった。
恵をチラッと見れば、俺の予想を正しいものとした。
「変な結界が張られてます」
ここにいる非術師は近寄れないことに頭を悩ましているが、僕達からすれば結界が張られていることは明らかで、この強度になれば確認せずとも感じることが出来る。
さらに人をわけて前に進み、最前列へ潜り込んだ。
この距離では生きているかどうかも分からない。
この結界が何のために張られ、どのようなものを除外するものなのかは分からない。
が、とりあえず僕達は結界内に侵入できない。
今この状況で、千夏の安否を確認する術はない。
「千夏!」
声が聞こえているかも分からない。
「…千夏」
汗が止まらない。
呼吸が変だ。
「攻撃しますか?」
「いや、千夏に影響する可能性がある。結界の情報が少なすぎる」
千夏の安全は最優先事項。
危険が伴うなら、その決断は後回し。
頭を働かせろ。
この結界を作った人物を叩けばいい話だが、千夏本人が作ったものでは対処しようがない。
考えろ。
考えろ。