第38章 心臓
その時だった。
『もしもーし』
「もしもーし。どうしたの?」
悟から電話がかかってきた。
野薔薇は部屋の外に移動してくれようとしたけれど、そのままでいいとジェスチャーで伝えると、再びベットの上で雑誌を眺め始めた。
『今何してるかなーって』
「今?野薔薇の部屋にいる〜。今日はお泊まりするの」
野薔薇のサンダルに足を突っ込んで、廊下に出た。
クーラーの効いた部屋とは大違いで、逆にこの気温は冷えた体に最適だった。
『へぇ、いいね』
「悟は?」
『まだ用事があるけど…。ってか、学長と会ったんだってね』
「そう!私も交流会に参加することになったの〜」
『聞いたよ。相変わらず冥さんには従順だね』
窓から空を見ると、今日は模範的な半月だった。
これは……上弦の月というものだろうか。
『…千夏』
「んー?」
『大丈夫?』
「大丈夫だよ。私も大人になったよね。褒めてくれてもいいよ?」
『…うん、すごいすごい』
褒めてくれない訳でもなく、丁寧に褒めてくれる訳でもない。
とってもやる気のない褒め方だった。
でも、本気で褒めて欲しかった訳では無いので、そこに関しては何も言わなかった。
『あのさ』
「ん?」
『会いたい…んだけど』
会いたい…んだけど。
言葉の意味を飲み込むのに2秒かかった。
「え。珍しい」
『僕はいつでも千夏に会いたがってるよ〜』
「違うよ。そうやって真面目なトーンで言ってくるのが、珍しいなーって」
『…そーかなー?』
本当に気づいていないのか、とぼけているのかは知らない。
けど、悟は考えていないようで色々なことを深く考えているから、きっと後者なのだろうと思った。
『今から高専行くから、少しだけ会おーよ』
「えー、また明日にしようよ」
『”明日から”冥さんと仕事行くんじゃないの?』
冷や汗が流れた。
「あ。間違えた。明日は会えなかったね」
『…”明日から”、ね』
「そうそう。学長、忘れずに伝えてくれたんだ」
『あの人、まだ頭は大丈夫みたいだねー』
「はは!そうだね」
ギリギリ、セーフだろうか…。
決して傑のことはバレてはいけない。
絶対に…。