第38章 心臓
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僕の並々ならぬ遅刻を大目に見てくれ、緊急報告にも冷静に対応してくれる学長には、本当に頭が上がらない。
「とりあえず、今日はここまでにしよう」
そして、当たり前のように伝票を持つ姿は、流石としか言いようがない。
と言っても、流石の僕にも謝罪の気持ちはあるため、ここは伝票を奪っておいた。
「そう言えば、千夏から伝言を預かってるぞ」
「伝言?いつ」
「お前と会う前に一緒に食事をしてな。その時に…」
伝言というのは、とてもシンプルなものだった。
明後日から冥さんと仕事に行くから、家にいないというもの。
そのシンプルさ故に、何故伝言なんかを頼んだのかという疑問が残る。
「それと、これ」
学長の手には小さな紙袋。
真っ白で表面は滑らか。
中には同じく真っ白の箱が入っていた。
「千夏の誕生日プレゼント。渡しといてくれ」
「直接渡せばいいじゃないっすか」
「俺はこれから移動が多くなる。タイミングがズレて、誕生日が過ぎたらあれだろ?」
千夏の誕生日はもうそろそろ。
その日だけは絶対に予定を空けるために、3ヶ月前から計画を組んでいた。
「プレゼントなんて中々買わないから、喜ぶかどうかは知らんが…」
箱の中身は髪飾りだと言っていた。
いくつか候補があったらしく、店頭で長い時間悩んだらしい。
女性らしい店のショーケース前で悩むその姿を想像するだけで面白い。
「学長が選んだなら、千夏は何でも喜びますよ」
「…そうか」
学長は顔を綻ばせた。
千夏も、学長も。
お互い、本当に愛が深いこと。
”…ん、まぁ。いい人かな”
千夏が初めて心を開いた大人が、学長だった。