第38章 心臓
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「冥冥さん、帰ろ!」
「…迷惑な小娘だこと」
少し酔っ払った足取りで(シラフ)、タクシーに乗り込んだ。
「それで?」
「何が?」
冥冥さんはニヤッと笑って、長い指を私の顎に添わせた。
「私に嘘をつかせた代償は重いよ」
「ふふ、分かってますって」
財布から1万円札を取り出して、冥冥さんに渡す。
冥冥さんは少し驚いていたが、遠慮することは無かった。
「浮気かい?」
お札に軽く口付けした冥冥さんは、足を組みかえていやらしく笑った。
「んなわけ」
浮気ではない。
それは本当にそう。
「悪い女だね」
「なーんか、誤解を生む発言だなぁ」
「ふふ。また千夏は私に借りを作ってしまって…」
「えっ、お金あげたじゃん」
「これは返すよ」
諭吉と私を同時に叩く冥冥さん。
少しチリっとしたおでこをいたわった。
「…ったく。一体私は何をすればいいわけ?」
「ひとまず今まで通り。次に交流会」
「交流会ってビジネスになる?」
「ビジネスは…」
「そこら中にあるんだよね」
冥冥さんは目をつぶって、ゆっくりと頷いた。
「千夏は扱いやすくて助かるよ」
昔は本当に冥冥さんが嫌いだった。
いい人なのは分かっているけど、お金を中心に生きている人はあまり信用出来なかった。
今では、お金で動く冥冥さんが大好き。
この歳になると、裏表がわかりやすい人がどれだけ貴重かを知る。
「そして、金になる」
私たちは雇用関係。
ただそれだけ。
私は冥冥さんの利益のために働くし、冥冥さんは私のために働く。
この単純な関係は、ちょっとやそっとじゃ壊れない。
「はは!ずっとついて行きますよ、めーいめーいさん!」
「ふふ…」
私達は含みある笑いを車内に響かせた。