第38章 心臓
「ちょっと待て。それは…」
「決定事項」
冥冥さんはその一言で学長を黙らせた。
つ、強い。
「千夏。少し外に出てろ」
「えー。私何も悪いことしてない!」
目の前に美味しそうなご飯が並んでいるのに。
私は何もしていないのに。
それはあんまりだ。
「学長命令だ」
「私、高専の職員じゃないもん」
「じゃあ、先生の命令だ」
「…先生って呼ぶなって言ったのはそっちなのに」
大人は本当にずるい。
苗字で呼べ、呼び捨てはやめろ。
名前で呼ぶな、先生と呼べ。
先生と呼ぶな、学長と呼べ。
本当に面倒だ。
私は大人しく部屋を出て御手洗に向かった。
真っ黒のトイレに暖かい光。
今度勇気をだして、悟と和食屋に行こうかな。
長いお手洗いだったと思う。
部屋に戻ると、学長は口を震わせて、冥冥さんは相変わらず上品に食事をしていた。
「おかえり」
「ただいま!ねぇ、冥冥さんのそれ、美味しそうだね」
「食べるかい?」
「もち!」
今日の冥冥さんはとても優しい。
普段の鬼はどこにいったのやら。
少し冷めた料理を次々と胃袋に放り込んだ。
どれも柔らかくて素朴な味がして、とても美味しい。
これで着物を着ていたら、完璧な和食レディだ。
「ち、千夏…」
「んー?これ食べたいの?」
「…お前はいつも欲に従順だな」
「それが若さの秘訣です。学長も見習っていいよー」
学長は未だに重箱の蓋すら開けていない。
私が御手洗に言っている間に、2人は何を話したのだろうか。
「いいか。交流会は遊びじゃない」
「うんうん」
「…聞いてるか?」
「うんうん」
この、肉だか魚だかよく分からない丸っこいやつ。
とっても美味しい!
少し甘みがあるタレによく絡んで…。
「おい、話を聞け」
「…クスクス」
学長が私の横に移動してきた。
冥冥さんに”どういうこと?”という視線を送ると、小さく笑ってそのまま無視された。