第38章 心臓
「めーいめいさん!」
「さっきから気味が悪い。やかましい」
「だって、こんないいお店に連れてきてくれるなんて、初めてじゃない?」
私は今、高級老舗和食料理店の個室にいる。
横には冥冥さん。
前には背もたれ付きの座布団が用意されている。
「五条には連れてきてもらわないのかい?」
「私が嫌だって言ってんの。悟、テーブルマナーに厳しいから」
お箸の持ち方、置き方。
茶碗の寄せ方、蓋の開け方。
全ての動作が完璧な悟に比べて、私のガサツ極まりない所作が目立つ。
「ご飯は自由に食べていいと思わない?」
「…そろそろ時間だね」
相変わらず淡白なお姉様。
冥冥さんが私を無視したところで、障子が開いた。
「あ、学長ー!」
「…ん??」
相変わらず顔が濃い学長は、グラサンを持ち上げて、私と冥冥さんを交互に見た。
「なんでここに千夏が…」
「私が呼んだんだよ」
学長が私を見て、少しだけ焦っていた。
その理由は分からないけれど、女将さんの一言で直ぐに料理が運ばれてくることが分かった。
私の興味は直ぐに料理に移ってしまった。
単純な女だなと自分でも思う。
「それで、どうして千夏を?」
「簡単なこと」
(うわぁ!美味しそう!)
冥冥さんが髪をかきあげた。
「これからの話に関係があるからに決まってるじゃないか」
「どこに。俺は知らないぞ」
「そりゃあ、私の独断だからね」
(人参が紅葉に…!すごい!)
随分前に教わった作法を意識して箸を持ち、漬物の味見をしようとしたところで、横から冥冥さんが私の腕をとった。
「私の足として、千夏も交流会に参加させる」
学長が上を見上げながら、手をおでこに運び首を横に振った。
冥冥さんはニヤリと笑って、私の手をさらに持ち上げた。
「え?」
話の中心は私みたいだけれど、一番状況を呑み込めていないのは私だった。