第37章 ユートピア
この後少しだけお話して、私は家に帰った。
明後日再び会う約束をして。
”千夏にしか頼めないことがあるんだ”
詳しくは明後日話すと言われたが、難しいことではないとのこと。
けれど、そんなことを言われてしまっては、少しだけ心構えをする必要がある。
家に着くと真っ先に食材を冷蔵庫に入れた。
傑の家では冷蔵庫を貸してもらったものの、故障が理由であまり冷えていなかったため、効果は薄かったはず。
食べられなそうなものが幾つかあると思う。
そして。
卵は全て廃棄行き。
傑の家で洗わせてもらった洗浄済みのパックを手に取って、ため息をついた。
それと同時に、数時間前からの一連の出来事が、本当に現実だったのだと自覚し、再び泣きそうに……泣いてしまった。
きっと私の情緒は既に壊れているのだと思う。
喜びが規定値を何倍も超えてしまったから、全てのバランスが崩れてしまったのだろう。
「……ちは、る?」
突然、玄関のドアが開閉される音がした。
(いやいや、千春のはずがないだろ…)
それならば、一体誰?
悟はしばらく帰ってこないし、硝子が来るはずがない。
七海ちゃんも、学長も、来るはずがない。
足音を立てずに移動した。
リビングのドアについている磨りガラスから、自分が見えないように人影を覗く。
黒い洋服。
私がゆっくり偵察していると、その人は全く臆することなくドアに手をかけた。
「…」
「…び、ビビった〜」
冥冥さんだった。
何故ここに、という疑問はあったが、何よりお怒りだったので、私は気迫におされてその場に正座した。
「私の連絡を無視するとは…」
「へっ!?嘘!?」
冥冥さんを無視するなんて、命がいくつあっても足りないが。
携帯を確認すると、悟とは別に連絡があったようで…。
「ち、違うんです!決して冥冥さんを無視したわけでは…」
悟の通知がうるさくなりそうだからと、マナーモードにした私が悪い。
けれど、精一杯の言い訳をさせてもらう。
(もちろん、心の中で)
冥冥さんが日本にいることを知らなかったし、こんなタイミングで連絡が来るとは思わないじゃないか。