第37章 ユートピア
すると、携帯が鳴った。
悟からだった。
「あ、悟だ」
普通に携帯を取りだしボタンを押そうとしたら、横から腕を掴まれた。
「無視、できるかい?」
「無視?どうs…」
傑が私の頭を押し付けた。
傑が身につけていた衣服に顔が埋まり、傑の匂いに包まれた。
「本当は迷ったんだ。でも、千夏には話さないといけないことがあるから、こうして会いに来た」
「…悟達には傑のこと、言わない方がいいの?」
着信音が鳴り続ける。
「できることなら。頼めるかな」
「…悟達、傑がいなくなって、悲しんでたよ」
「ことが済んだら会いに行く。殺されることも覚悟してる」
じわっと涙が染みる。
傑が生きていることを、私だけが知っていて。
皆に知らせなくていいのだろうか。
「罪を償う前に、逃げないって約束して。もう1回、皆に顔を見せるって、約束して」
私は傑を許したわけではない。
村の人のことも、千佳さんのお兄さんのことも、百鬼夜行のことも。
その全てに未だに腹を立ててるし、罪を償って欲しいと思う。
でも、傑の死刑を望んでいるわけではない。
傑が改心していないのなら死刑もやむを得ないと思うけど、今こうして傑は過去を悔やんで、暴走を止められない自分を憎んでる。
「約束する」
私は携帯を放り投げた。
それから数秒後、着信音が止まった。
「ありがとう、千夏」
これで、良かったんだ。
悟に隠し事をするのははばかられるけども、今この瞬間、私は傑が生きていることを知り、再び会えた喜びによって、目の前の奇跡に目が眩んでいた。
この夢のような状態を信じるために、失わないために。
そのための行動が最優先になっていた。
「また泣いてるのかい?」
「だっ、てぇ……」
「…よしよし」
温かい。
純粋な体温の温もりが、とても心地よかった。