第37章 ユートピア
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そういえば。
と、思い出し、近くのデパートに買い出しに出かけた。
悟がいない日は、家事を頑張る理由がないので、しばらく買い物に行かなくてもいいように、身の回り用品を揃えて引きこもることにしている。
(お菓子、お菓子…、鶏肉は冷凍して…)
食品売り場は夏だとキンキンに冷えて寒い。
外はとても暑いのに、室内とのギャップが辛い程。
(つめてっ…)
ループタイのキー部分がひんやりとして、思わず体が震えてしまった。
キー部分は石でできているようで、この食品売り場において相性が悪い。
値引き商品が多かったため、カートが満タンになる。
少し減らそうと食品売り場をひたすら歩く。
そのおかげでお金が飛んでいくのを防げた。
(重っ!)
ビニール袋が破れそうだと心配になる。
それよりも、私の腕が心配だ。
千春に助けを求めたが、当然無視される。
「重そうだね。手伝おうか」
突然の声に足がもつれて、ビニール袋が地面に引っかかる。
『千夏、走れ』
「えっ…」
そこで千春が背中を押したため、体が前のめりになり膝から倒れた。
幸い、ビニールから商品は出なかった。
『走れ…!』
「ちょ…」
膝をいたわる余裕もなく、声と気迫に追いやられる。
突然何を言うのかと思い、少し頭にきていると、再び声が飛んできた。
「全く。2人はまだ喧嘩してるのかい?」
時が。
止まる。
『千夏!』
千春の声も。
セミの鳴き声も。
何もかも。
聞こえなくなった。
体が震える。
汗か涙か分からない液体が、アスファルトに模様をつける。
『立て!逃げr…』
「千春。少しどいてくれ」
何をしたのかは分からない。
ただ、千春の声が聞こえなくなった。
「これは…卵が無駄になっちゃったな」
息が上手く吐けない、吸えない。
熱々のアスファルトに触れている手と膝が悲鳴をあげていても、胸を抑えることで精一杯。
「立てるかい?」
見覚えある手が差し伸べられた。
手を取りたくない、取ったらダメだと分かっているけど、無理だった。
震える手をゴツゴツした男らしい手に重ねた。
「傑…!」