第37章 ユートピア
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命あるものを助ける、か。
今までの話が全て噓のようだった。
現実は理想とは違う。
だから、俺たち呪術師は、呪術師としての生き方を別に持つことが求められる。
でも、八乙女さんはその二面性を持ち合わせていない。
それは常に理想を打ち砕かれているようなもので、現実逃避に近いと、俺は思う。
けれど、八乙女さんは現実逃避なんかではなく、本気でその理想を追いかけている。
正直言って、バカにもほどがあると思う。
呆れて笑ってしまう。
「禪院先輩は、呪術師としてどんな人を助けたいですか?」
「あ?別に私のおかげで誰が助かろうと知ったこっちゃねぇよ」
「聞かなきゃよかった」
そう思いつつも、それも一つの選択なのだと思う。
禪院先輩はとても素直な人なのかもしれない。
「ああ?…てか、千夏さんみたいな質問してんじゃねーよ」
禪院先輩のボヤキは完璧に的中していた。
「あの人とそういう話するんですか?」
「最近は会ってないけど、前に稽古つけてもらってたときに少しだけ。今なにしてんだろーな」
「俺、さっきまで一緒にいましたよ」
「な…!あの人、今高専いんのか?」
「いや、少し手前で用事思い出したって言って、どっか行きました」
どうやら、昨年の冬から八乙女さんのハードスケジュールを考慮して、声をかけるのを避けていたらしく、禪院先輩はいらだちを隠せていなかった。
少し前まで八乙女さんは東西南北飛び回っていたので、俺も話すのは昨日が久しぶりだった。
「くっそ。タイミング逃した」
「連絡したらどーです」
「伏黒!!!!!」
釘崎の元気な声で俺たちの会話は終了。
心の底から交代してほしかったのか、あるいは八乙女さんの会話が聞こえたから邪魔したのか。
どちらであるかは定かではないが、とりあえず俺も稽古に参加しなくてはならない。
強くなるため。
己の道を見つけるため。
俺は頑張らなくてはいけない。