第5章 空蝉
「あのさ、要件は?ないなら、切るよ」
女の子は不貞腐れた様子で地面に何かを書いていた。
大した用がなければ、私たちは4時間もすれば東京に戻れる。
…。
「待って。2人とも、今どこ?」
『『東京』』
「良かったー。2人が任務で変なところ行ってたら、入れ違いになる所だった」
そういえば、冥冥さんにこの任務の裏を聞くのを忘れた。
そんなことを頭の片隅で考えながら、再び電話の向こうに要件を問うた。
『実は、理子ちゃんのお世話役の黒井って人が誘拐されて』
『しばらく、天内の面倒をみなくちゃいけないんだよねー』
2人のトーンと内容がミスマッチ。
頭で整理するために、余計なエネルギーが必要とされる。
「んで?私になんの用?」
『こんくらいの女の子が普段何してるのか分からなくてさ』
「…それ、私に聞く?」
考えるまでもない。
「私、ほとんど中学通ってないんだよ?」
同級生や先輩、後輩。
私が友達と呼べるような人は高専に来て初めて出来た。
この質問は、そんな私にする質問ではない。
「そういうのは硝子と歌姫に聞きなよ」
前にいる2人に話しかけようとしたその時。
『千夏だから聞いてんだよ』
「…?」
向こうで傑が女の子に向かって手招きしていた。
『この人、俺達のクラスメイト』
『どうも』「……ども」
目がクリクリの女の子。
声も可愛い。
この子が誰もが知っている(未来の)天元様、か。
『見て分かると思うけど、中々クセ者でさ』
『やめろー!叩くな!』
天元様は五条に頭を叩かれて怒っているけれど、少し羨ましいと思う自分がいた。
『クセ者にはクセ者を、って言うだろ?』
「は?」
『友達がいない千夏ちゃんなら、天内の気持ち分かるんじゃね?ってなったわけよ』
『友達くらいいるし!』
『はいはい、強がらないでいいからねー』
ふつふつと。
フツフツと。
怒りが湧いてくる。
『千夏、いつもひとりで何してた?教えて欲しい』
ニッコリと3人に笑いかけて。
ゆっくりと電話を切った。
画面に写った私の顔は、モナ・リザのように笑っていた。
ここで切っても帰れば会える。
そう思っていた。