第37章 ユートピア
「もちろん」
初めから私がそう答えることを分かっていたように、恵は口をゆがませた。
「何かあったの?」
「…いや」
きっと、恵は成長段階なのだと思う。
呪術師として。
そして、人間として。
「助けられるべき人、助ける必要がない人。時と場合によっては、その選別が必要になる」
私もその選別をしたことがある。
自分が酷く汚い人間に見えて仕方なかった。
「…俺はそこまで優しくなれないんです」
「恵は悟に似てるよ。合理的に物事を運ぼうとする」
悟とは付き合いが長いけれど、すべてを共有してきたわけではない。
想像もできないほど過酷な戦いもあっただろうし、残酷な判断をしてきたと思う。
それでも、私は悟が優しい人間だと思っている。
そして、恵も
「私たちは神じゃない。だから、救える命には限りがある。命に序列をつけなくちゃいけない場合もある」
「でも、アイツらは」
そこまで言って、恵は言葉を飲み込んだ。
私は小さく息を吐き、ピアスに手を触れた。
「友達が神に憧れていたとしても、恵が自分の感情を無視してまで神になる必要はない」
昔、悟は言った。
”俺は千夏のように優しい人間じゃない。でも、千夏の生き方が大好きなんだ”
と。
「そうだとしても、俺はもう一度同じことがあった際に、同じように後悔すると思います」
「…後悔、ね」
”俺は呪術師だから、千夏みたいに甘っちょろい生き方を選ぶことはできない。でも、一人の人間としては、千夏の生き方を選ぶよ”
と。
「恵は”呪術師として、どんな人を助けたい”?そして、”一人の人間として、どんな人を助けたい”?」
恵は優しいから。
本当に優しいから。
「友達の命に対する選択を尊敬しているのも恵。目的を見失わずに必要最低限の動きを選択しようとするのも恵だよ。どっちも恵なんだよ」
どうか、自分を殺さないで。
「八乙女さんは、呪術師としてどんな人を助けたいんですか?」
「私は命あるものを全て助けたい」
恵は少しだけ笑って、塀を歩く猫を見つめた。