第36章 不慣れ
「…振られても知らないからな」
「えっ。僕、振られちゃう感じ?」
「信頼してる人に嘘つかれて、傷つかない女がいる?」
硝子は目の前の人を指さすと、ポケットからカッターナイフを取りだした。
そして、その刃を僕に向ける。
どうやら、この人は予想に反して情があるみたいだ。
「余程の大義がない限り、隠し事はやめた方がいいと思うよ」
「大義、ねぇ」
「何」
「いーや」
彼女には殺されたくないので、思ったことは言わないでおいた。
脳裏をよぎる親友の姿。
それにしても、全くの赤の他人と時間を共有するだけで、人間が変わっていくというのは、面白い。
「用が終わったら帰って。暇じゃないの」
「あ、最後に質問」
背を向けた硝子にそのまま話す。
「七海って彼女いる?」
「はぁ?何で私が知ってると思ったの」
「女の勘に期待しようかと」
「…へぇ」
そんな言葉を漏らして、それ以降に続く言葉はなかった。
「え、終わり?」
「五条が本気で焦るなんて」
「別に焦ってなんかないよ」
気味悪い笑顔。
嫌な気分になる。
「んで。七海が何をしたって?」
「…面白がってんだろ」
「そういう話は大好物。酒の肴になるから」
「……ディープな方を提供した、と」
硝子の動きが止まった。
すると直ぐに目が開かれ、そのまま…。
大笑い。
「ははっ!あの七海が?ははっ!やられたな、五条」
僕は何を話しているんだか。
相手を間違えている。
普段は全く笑わない硝子が、口を押えて笑っている。
「伏黒達にはしっかりと牽制してるくせに、七海達には安心しきってた、と」
「今更って感じだし…。うわー!!失敗したなぁぁぁあ!」
「後で七海を呼ぼう。ははっ。これは面白いことになったな」