第33章 紙一重
「じゃあな。気が変わったらいつでも呼んで欲しい」
「傑っ…!」
「くだらぬ期待は抱くな」
「っ…!」
「面倒な会話は嫌いなんだよ。知ってるだろ?」
そう言って、傑は呪霊と共に去っていった。
私はナイフを拾い上げて、はるか遠くに浮く傑に向かって投げた。
「何故…躊躇う!!!」
自分の体が言うことを聞かなかった。
私なら殺せたはずなのに。
『千夏…!上…』
「え?」
慌てた声に上を向くと、窓から千佳さんの顔が見えた。
口を手で押え、ガラス越しでも顔が青くなっているのが分かる。
「千佳さん…!やめて…!千春……千春!?」
千佳さんは窓を開けて、ゆっくりと体を前に倒した。
千春は呆然として置物のようになってしまった。
私は千春を置いて建物の中に急いだ。
途中、見た事のある人が殺されていたが、無視。
千佳さんの部屋に急ぐ。
「千佳さん!」
部屋に飛び込むと、千佳さんは窓に足をかけていた。
「はぁ…はぁ…」
「……」
「千佳さん!!」
千佳さんが振り向く。
最近では考えられないような柔らかい顔で微笑んでいた。
「ごめんね」
それが千佳さんの最後の言葉だった。
私が床を蹴ると同時に千佳さんの体が傾き、落ちていった。
私が窓のさんに手を伸ばした時には、今まで聞いたことの無い激しい音が耳を貫いた。
恐る恐る下を覗いた。
千佳さんの白いワンピースが、どんどん紅く染まっていく。
その血は千佳さんのものか、お兄さんのものか。
「あぁあぁ…」
ヨロヨロとその場に蹲り、嘔吐した。
もう一度窓下を見ると、何も状況が変わっていない。
無意識に体が乗り出して、落下した。
けれど、千佳さんのように上手く落ちれなくて、途中のひさしにぶつかって威力が半減し、骨が2本ほど折れた程度で済んだ。
「千佳さん…千佳さん…」
這いつくばって、千佳さんの体にへばりつく。
ヌメヌメした手で何度も千佳さんの頬を叩いた。
「千佳さん…!起きてよ…」
何度も、何度も叩いた。
でも、千佳さんは起きない。
どうしても起きなかった。