第33章 紙一重
「あれ、誰もいない…」
いつもは門をくぐると誰かしらいるはずなのに、だれもいない。
予定より少し早く切り上げたため、今はおやつの時間だけれど、ここの家の人がそんなことを理由で仕事をサボるわけが無い。
少し不思議に思いながらも荷物を蔵に戻して、お兄さんを探した。
帰り際に少しでも千佳さんに会えないかどうかを、聞くためだった。
「あ、お兄……」
お兄さんは午後のティータイムの時、必ず庭に設置された大理石のガーデンチェアに腰掛けて、新聞を広げている。
そこは悟の実家のように色々な花が植えられていて、聞くと千佳さんが喜ぶから手入れしていると、照れくさそうに言う。
けれど、今日は違う。
チェアの前に立って誰かと話している。
声は聞こえない。
「さ、ん」
いつも花の香りに満たされていて、時折蚊除けにハッカ油の虫除けを撒いた時には、その匂いがしていた。
けれど、私の鼻を抜けたのはどちらの香りでもなかった。
こんな場所で嗅ぐような匂いではない。
私はこの匂いを知っていた。
大嫌いな匂いだった。
お兄さんの首が取れた。
人形のように、ポンっと…。
その首が地面で1回バウンドして、私の足元へ転がってきた。
目は残酷にも開かれていて、血が滲んで白目が真っ赤に染まっていく。
ゆっくりと視線を上げ、お兄さんの胴体の方を見た。
力なく倒れて、真っ赤な湖の上で肉の塊になっていた。
その横でじっと佇む人がいる。
肉をじっと見て、微かに笑っていた。
その笑いは何に対したものなのか……。
「ふっ……何故ここにいるんだい?」
答えは、私に向けたもの。
彼は…目が細い彼は、髪を払って私の方に体を向けた。
「凄い顔」
「…」
「何か言ってくれないかい?寂しいよ」
彼はゆっくりと腕を組んで、私に歩み寄ってきた。
お兄さんの頭が邪魔だったのか、一瞥もせず蹴っ飛ばした。