第33章 紙一重
『…私はもう、何もいらない』
「ん〜?」
『千夏がいて、しーさんがいて。これ以上、何もいらない』
「ははっ。千春がそんなことを言うなんて珍しいね」
ポーチからリップを取り出して、塗り直す。
ボルドー系の色に細かなラメが入っている。
自分的にこの色が1番似合っていると思っていた。
『嫌な予感がするんだよ』
「変なこと言わないでよ〜」
『千夏が変な子に絡むから。呪術界と離れないから。あの女と変な約束をしたから…。私はいつでも嫌な未来ばかり感じてる』
「あの女って…。冥冥さんに怒られるよ」
口をパッパとして馴染ませて。
もう1色唇にのせた。
「冥冥さんはいい人だよ。お金を中心に動く人が、1番安全なのは知ってるでしょ?」
『…』
「私のことも助けてくれたじゃん」
『そこは感謝してるけど、一生利用されるつもり?』
「一生は嫌だけど…。あのおばさんに会うまでの辛抱、かな」
『…九十九、由基』
「あのおばさんが役に立つって言ったのは千春だよ?おばさんに会うためにも、まだ術師の世界から飛び出せない」
リップをポーチに閉まって、ゴージャスなトイレを後にした。
「それに、野薔薇とふみもいい子だよ。野薔薇には呪術師になって欲しくないけど、最終的な決断を下すのはあの子だし」
『あの子に悲惨な運命を手繰り寄せさせるってわけね』
「本当に意地悪な言い方しかしないんだから。嫌いになるよ」
『どーぞ』
「もう…」
千佳さんの部屋に戻ると、千佳さんはパソコンを開いていた。
どうやら、私が一緒に出かけたいと言ったから、場所を探していてくれたみたい。
「今の若い子は何して遊ぶの?」
「えっとね。冬だったら雪合戦とかしたよ」
「それは…私には厳しいなぁ」
「あとは…スケートとか、イルミネーション見に行くとか…」
「電飾を見に行くくらいなら、大丈夫かも。ちょっと探してみるね」
千佳さんは両手の人差し指を使って、ゆっくりと文字を打った。
この辺りにはそのような娯楽は少ないため、少し遠出になるが車で行けばなんてことないと、千佳さんは言った。