第33章 紙一重
「千佳さん。苦しくても、絶対に死なないって言ってた。千春達の未来を奪ったくせに、死で責任を取るなんて甘いことはしないって」
「…」
「それに、自分を大切に思ってくれてる人がいるから、どんなに苦しくても死ねないって」
「…」
「千佳さんは…生きて苦しむことを罰としてた。だから、絶対に自分で命を捨てない。そういう人なんだよ」
ここまで話して、千夏は大きく息を吸った。
そして、吐いた。
「でもね、千佳さんは自殺したの」
「…本当に自分で飛び降りたの?」
「うん。笑いながら落ちていったよ」
「…どうして?」
僕の疑問に、千夏は小さく笑った。
「そんなの簡単だよ。千佳さんは生きる理由をなくしたの」
当たり前じゃん、とでも言いたそうな千夏。
「…どういうこと?」
「千佳さんは呪霊が見えたの。薄らとだけどね」
そういう人は特別珍しいわけではない。
もしかしたら、千佳さんは普段から死の瀬戸際を歩いていたから、見えるようになったのかもしれないけれど、今はそんなことは関係ない。
「だから、千春達が人間とは別の形で生きていることを知ったの。千春達の未来を奪ったっていう考えは変えなかったけど、多分千佳さんの中で少し重荷が削れたんだと思う」
「…」
「それに加えて……千佳さんの大切な人が消えた」
僕は少し首を捻った。
千佳さんの大切な人というのは千夏のことだと思っていたからだ。
「大切な人って?」
「千佳さんのお兄さん。愛華のお父さんのこと」
「…死んだってこと?」
「そう。ほんと、一瞬だったよ」
命って簡単に消えるなって思ったと、悲しそうに千夏は言った。
「お兄さん。沢山の人に恨まれてたけど、根はいい人だったんだよ」
「…」
「千佳さんのこと。本当に大事に思ってた」
「…」
「でも…殺されてしまった」
なんて壮絶な経験をしたのだろうか。
それをよく、今まで…。
「誰に殺されたと思う?」
「…僕に分かるとでも?」
「うん。悟がよく知る人物だよ」
僕は知り合いの顔を何巡もして、そっとため息をついた。
「千佳さんのお兄さんは…」
そんなことがあってはならないと思いながらも、ソイツを最有力候補にしている自分。
「傑に殺されたんだよ」