第33章 紙一重
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用事を終えたものの、直接家に帰るのはナンセンスだ。
千夏のことだから、この時間になってもまだトレーニングしているだろう。
そう思って、千夏のお気に入りの格闘場に向かったが、電気はついていなかった。
「ふむ…」
と、なれば。
生暖かい風を感じながら、外に出た。
途中、自動販売機で飲み物を買った。
千夏は無事か、ぶっ倒れているか。
今日は…後者だった。
千夏はトラックの第2レーンに綺麗に収まって倒れていた。
腰まで伸びた綺麗な髪の毛が、雑に広がっていた。
「千夏、お疲れ」
千夏の頭横にしゃがんで、千夏の髪の毛をかき分けて顔を探した。
真っ赤な顔を見つけるのは簡単で、粒状の汗が散らばっていた。
「水買ってきたよ。飲む?」
千夏は目を閉じたまま、ゆっくりと呼吸を続けた。
「どんだけ走ったの?」
半開きの口が微かに震えた。
息が零れる音は聞こえたが、声として認識することは出来なかった。
脱力感満載の千夏の顔についた小石を払って、持っていたハンカチで汗を拭いた。
千夏は少しばかり口角を上げた。
「ん〜…。千夏ぅ、いくらなんでも無防備すぎない?」
千夏に少しばかりの余裕が残っていることを確認したため、僕は少しおどけた。
少しめくれたTシャツから覗く色白の腹を隠して、スポーツ用の短パンから覗く太腿をサラッと撫でた。
どういう訳か、千夏が体を震わせた。
それが面白くてもう一度撫でると、千夏は背中を丸めて僕の手から逃げようとした。
「千夏。早く帰ろうよ〜」
千夏の背中をわざとらしく撫でて、体を傾かせた。
口に入りかけていた髪の毛を避けると、千夏はうっすらと目を開けて、腕で顔を隠した。
「…もしかして」
千夏の行動が気になって、腕を強引に剥がすと、千夏の顔が濡れていた。
これが汗でないことはひと目でわかる。
外れてほしかったものの、僕の予想は正しかったみたいだ。