第33章 紙一重
4周目に差し掛かった頃。
段々と足が重くなってきた。
体力が落ちないように毎日頑張っているつもりだが、私の体力は底なしではない。
「あぁ…はぁ…辛っ…はぁ」
こういう時は無心になるのが1番楽なのだが、今日はどうしても考え事をしてしまう。
「強く…はぁはぁ…なりたい、なぁぁ…」
そんな言葉に反応した千春。
『ほんっとバカ。あの時呪術師を辞めとけば良かったのに』
「無、理だよ…誰か、が……呪いの、被害にあっ、てると…思うと…」
『自分の生活範囲外で人が死んでも千夏のせいじゃない。それに、千夏が呪術師をやってても救えない命はある』
「…だか、ら…はぁはぁ………こうして、走ってんの」
4周半。
このトラック、1周何メートルだろうか。
「私に…力が……はぁはぁ……あれば。皆、皆…死ななかった」
『幻想。そんな理想まみれの仮想は、考えるだけ無駄。この先も、ね』
「…私は…弱い、から。体も、心も…弱い、から」
『千夏が強くなっても、死ぬ者は死ぬ。生きる者は生きる。何回言えば分かる?』
5周目。
そろそろ限界だ。
「でも……千佳、さんは。千佳さん、は。救えた」
『…その話はしない』
「私に……力があって、思い出が、なければ」
あと2周でやめよう。
帰れなくなる。
「…ほんと、私って、馬鹿だなぁ……はぁはぁ」
今更こんなことを言っても、何も変わらない。
無駄なことが嫌いな千春からしたら、私のネチネチ具合が癇に障るのだろう。
だから、これ以上声に出すのはやめた。
『千夏って、私がいなかったらとうの昔に死んでるよ』
「そう…かも」
私は運がいい。
千春という優しい姉と出会えたのだから。
『私は一生千夏の面倒をみないとダメか?』
「う…ん………ダメ」
『……はっ、馬鹿げてる。愛してるよ、千夏』
「私、も…」
風が頬を撫でる。
千春のキスを感じた。
それからも、私は走り続けた。
目の前が霞む程度まで、スピードを変えずに走った。
そして、燃料が切れるとその場に倒れ込み、バクバクと動く心臓をいたわった。