第33章 紙一重
今日は風があって涼しい。
昼の暑さが嘘のよう。
だから、格闘場ではなく運動場に移動した。
真ん中に造られている道に沿って歩く。
ふと横を見ると、あの頃から元気に立ち続けている木が、何本も並んでいる。
時刻も季節も。
何も同じではないけれど、そこには私達の姿が見える。
硝子と傑。
2人との関係はここが始まりだった。
「千春。今日もお願い」
『…はいはい』
軽くストレッチと準備体操を行い、靴を脱いだ。
最近は靴を履くと蒸れて気になるので、裸足で運動している。
足首が固定されたサンダルで動くのが、自分にとってのベストなのだが、先日紐が切れて使い物にならなくなったので、新しいものが手に入るまでは裸足で。
『首、顔、右足、左手、腹、脇、首』
「ガードから後ろに倒れて…捻って足攻撃を避けて。左手に来る前に腕の力で少し飛んで…」
『飛べる?』
「分かんない。それで、かかと落としで間合いを取って、脇と首の攻撃を避ける」
『間合いを取れるほど、相手が悠長な動きをするとでも?』
「…だってぇ」
『だから、前から言ってるでしょ。すぐに体勢を崩さないの。自分から動きの手数を減らしてどうすんの』
私に体術は向いていない。
筋肉は付きにくいし、小回りが効くような体型ではない。
それでも、体術をある程度まで極められたのは、千春という鬼コーチがいたから。
事前に仕掛ける攻撃を教えてくれるのだが、それに対して私がとる行動を先読みしているため、とても避けにくい攻撃ばかり。
『じゃあやるよ。3.2.1』
そして、それを実際に行う。
千春はただ呪力を私の部位に飛ばすだけ。
それがとてつもなく痛い。
出来れば全部避けたいのだが、私の動きには無駄が多くあり、咄嗟の判断を強いられると弱いため、1セットの中で2回は痛い目を見る。
今回は1回ですんだが、疲れてくるとその回数は増えていく。
それを20回ほど繰り返すと、千春は飽きて消えてしまう。
こうなったら、話しかけても答えてくれない。
だから、その後は筋トレとランニングを行った。
幸い、私以外に人がいなかったので、広いトラックを独り占めすることが出来た。