第31章 大人になれない大人(仮)
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「何。あんたも来たの?」
「ダメー?」
「…体温測って」
「えっ、何で熱あるって知ってんの?…ぐっ」
脇に体温計を刺され、変な声が出た。
恵が硝子の治療を受けると聞いたので、私もついて行くことにしたのだ。
恵は治療を受けると、さっさと寮に戻ってしまい、ほぼ平熱になった私の遊び相手になってくれなかった。
「ねー、硝子ー」
「黙って」
「遊び行こーよ」
「仕事」
「サボってよ」
「…私と同じアラサーの発言とは思えないわ」
テキパキと手元を動かす硝子の横で、私は永遠と遊びに誘い続けた。
私がこっちに戻ってきてから、硝子と遊びに行ったことは無い。
飲みに行ったことはあるけれど、それも数える程度。
硝子の休みが少ないことと、私に放浪癖があることが原因だ。
「泊まりがけで遊び行ったのとき…」
「あぁ、沖縄?」
「そう!覚えてる?」
「もちろん」
「その時と一緒でさぁ…」
「周り騙して抜け出そうって?」
「そう」
「今はあんなこと出来ない」
硝子はいつからそんなに真面目になってしまったのだろうか。
社会に従順な硝子は、家入硝子ではない。
「あ、そうだ。この間京都に行った時、歌姫先輩と飲んだんだけど…」
「へぇ、いいじゃん」
「…あんたのこと話したら、めっちゃ驚いてたけど?まさか、会いに行ってないと思ってなかった」
「いや、一回行ったんだよ。でも、タイミングが…」
「会えるまで通えよ」
「…ごもっともで」
すると、硝子はデスクの中から、ガラクタのような物を沢山取りだし、その瓦礫の山から黒い鍵を取り出した。
それを顔前で揺らしながら、ニヤッと笑った。
「行っちゃう?」
社畜硝子から、家入硝子へ覚醒。
「マイカーってやつ?」
「まぁね。あんたも免許取りなよ」
「3月に取ったよ。合宿で」
「へぇ。こんな奴に免許を与えるなんて…。恐ろしいな」
白衣を台の上に雑に置き、コーヒーを飲み干した硝子。
そして、小さなバックを手に取って、髪をまとめ始めた。
「行くなら早く」
「はいはい。なんか、こーゆーの懐かしい」
「…もう味わえないと思ってたよ」
硝子の代わりに部屋の電気を消して、私達は大人らしからぬ悪行に走った。