第29章 不穏状態
「ついてくんな…!」
「こっちおいで」
「はな…してよ…」
けれど、マンションを出る前に捕まってしまい、住人だけが利用出来る中庭のベンチに移動した。
「何があったの?いつもより数百倍凄いけど」
「何もない。てか、なんで帰ってきたの。帰ってこないって言ってたじゃん。嘘つき」
「急いで終わらせたんだよ。既読ついてるのに返信無かったから、女の子の日で苦しんでるのかなって思って」
「…優しすぎかよ」
「はは!ありがとう」
こんなにできた男が、どうして私のことを好きなんだろう。
私が男だったら、ここまで彼女に優しくできる自信がない。
「それで?何があったの」
「…せ、せっかくさぁ…頑張ってさぁ…指、取ってきたのにぃ…」
「うんうん」
生理以前に元々疲れていたのかもしれない。
クリスマスから今日まで、ほとんど休まず動いていたから。
動いていないと余計なことばかり考えてしまうから。
それに、術式のこともある。
千春はとても期待してくれているけれど、私はそれを使いこなせてない。
そのことを利用して、千春は”役立たずな自分”をアピールし、私を1人にしようとしてくる。
千春がいることで苦労することもあるけど、千春がいることで助かることの方が多い。
「色々大変なことあったんだね。でも、大丈夫、大丈夫!何とかなるよ」
背中を叩いて、笑いかけてくれた。
悟が言う”大丈夫”ほど、信用できないものはないが、安心できるものもない。
悟が言う”何とかなるよ”ほど、根拠の無いものはないが、心強いものもない。
「そろそろ体冷えてきたんじゃない?僕は部屋に戻りたいと思ってるけど…どうかな?」
「…ん。戻る」
「ラジャー」
誰もいないことをいいことに、私のことを抱き抱えて瞬間移動。
風がない分、部屋の中は温かく感じた。
テレビには怯えるソフィ達が写っていて、申し訳ないけれど消させてもらった。
「悟…。ごめんなさい。酷いことばかりしました」
「ははっ。もういいって。謝る代わりに、今日は僕の抱き枕になってよ」
「……なるっ!」
このように、私達は真面目に喧嘩をしたことがない。
大抵、悟が先に折れてくれるおかげだ。
けれど、大きな喧嘩を経験することになる。
きっかけは1人の男の子だった。