第29章 不穏状態
でも、今日は既に悟の分も作ってしまった。
それどころか、悟が好きなおかずだらけだ。
それが切なくて、作る気が失せた。
自分だけならパンでも、ヨーグルトでも、究極何も食べなくてもいい。
火を止め、換気扇を消し、ほとんど完成した料理に蓋をした。
LEDライトの下でめそめそしながら、自分に苛立ちながら、棚にある映画を数本手に取った。
ホラーからコメディまで。
趣味の映画鑑賞で、ストレスを浄化するしかない。
空腹なんて気にならなかった。
適当にとった映画の中に恋愛ものがなくてよかった。
そもそも、恋愛映画は好きでは無いので本数があるわけではないが、持っている恋愛映画は好みのものしかない。
きっと、冒頭数秒見ただけで涙が出てきてしまうだろう。
泣きたくないから映画を見ているのに、本末転倒だ。
『いい…?開けるわよ…』
『待って、ソフィ…。うん、いいわ。開けましょう』
この映画の最重要ポイント。
このドアを開けた先に何があるかは知っている。
それでも、クッションを掴んで縮こまってしまう。
画面の中の2人が息を飲むのと同時に、私も息を飲む。
ドアノブがゆっくりと回り…。
ピーンポーン…♪
「っ…!」
『『きゃーーー!』』
タイミングよく家のチャイムが鳴り、反射で振り返ってしまった。
大事な場面を見逃し、心臓が止まりかけた。
インターホンのモニターには、悟の顔が写っている。
自分で鍵を持っているくせに。
私に出迎えて欲しいからと、瞬間移動も、鍵も使わずに待っている。
出迎えてくれる人がいる喜びは私も分かっているし、そんな悟が愛おしくて仕方ない。
でも、今日だけはダメ。
虫の居所が悪い。