第28章 初枝さんの思惑
「おばば、終わりましたー…って。聞こえてます?」
「聞こえてます」
記憶を取り戻した以上、この小娘を蔑ろにすることは出来ない。
けれど、それでも婚約だけは認められない。
これは小娘の得意とする、利己的な我儘だった。
「小娘」
「は、はい?」
「…親のことは覚えてるか」
「どの親でしょうか。私、生みの親を入れたら5人いるんですよねー」
「生みの親のこと」
「全く覚えてないです。…って、なんでおばばが私の出で立ちを知ってるんですか?」
「…色々やらかしたらしいじゃないか。当然、情報は入ってくるよ」
上の悩みの種で、色々と大変な目にあっていたことは知っている。
小娘を知る者たちの中では、時折話題に挙がることもあった。
そんな娘を生んだ親…。
小娘は覚えていないらしい。
当たり前の忘却だが、少しやるせない気持ちになる。
「ひぃ!まさか、おばばの耳にまで届いていたとは…」
「…初枝」
「へ?」
「おばばなんて、失礼ですよ。初枝さんとお呼び」
「…昔は呼ばれたくないって言ってたのに」
「おばばの名は…五条家の人間以外に知られるほど、立派なものじゃありませんから」
皮肉にも、千夏さんが身につけているのは、あの子の着物。
これもまた、運命なのだろうか。
「そんな…。名前くらい……ん!?五条家の人間以外!?」
「坊ちゃん。私達のような者たちに認められても、なんの意味にもならないことは分かっておられますよな」
「もちろん」
「ちょ、悟…!これってさ…!」
「うるさい。少し口を閉じてて」
「〜〜〜………!」
分かっているなら、何故わざわざ貴重な休日を利用して…。
「初枝さん達以外に反対されても、無視するつもりだからさ」
「何を。私達の方が無力であろうに」
「初枝さん達には認めてもらいたかった。色々と感謝してるから」
「…」
こんなことになってしまった以上、千夏さんを追い出すことは諦める。
けれど、千夏さんがここにいていい人間でないことは明白。
坊ちゃん達がどのような道を歩むか。
その結果の、結果を、私は受け入れられるだろうか。
目が黒い内に蹴りをつけなくてはいけない題を、この歳で抱えるなど思ってもいなかった。