第28章 初枝さんの思惑
「千夏、赤と緑どっちが好き?」
「緑、かな」
「えー、赤にしようよ」
「じゃあ赤でいいよ」
YES or YESの質問に答え、渋い赤色の着物を借りた。
悟が元々用意していたみたいだし、スーツの意味がなくなった。
用意しているなら、言って欲しかったと文句を言っておく。
スマホで着方を調べながらなんとか着付けを終えると、悟は部屋の外でくつろいでいた。
「おっ。上手く着れてる」
「…かっこいい」
「ガチトーンじゃん。おいで」
差し出された手を握ろうとしたとき、廊下の角からおばばが現れた。
「坊ちゃーん。おばばは許しませんぞーー!!」
盗塁を狙う野球選手のように私達の間に滑り込んできた。
「大体、どうして小娘なんですか。坊ちゃんにはもっといい人がいますよ」
「いないよ」
「いーや、いますよ」
「あはは、いないって」
相変わらずの2人の関係に、胸がほっこりする。
おばばは何があっても自分の味方だったから、それ相応の信頼を寄せていると、悟が以前言っていた。
これをおばばが知ったら、泣いてしまうのではないだろうか。
「何を言われても、千夏が1番なんだって」
「むむむ…。そこまで言うなら…!」
「へ?」
不意に、おばばに腕を掴まれた。
「来なさい、小娘」
「あ、ちょ…」
「初枝さん、それは…」
「坊ちゃんは黙っててくださいな。五条家に嫁ぐ覚悟を見定めるだけです」
今まで、おばばに連れられて良かったことがあった例がない。
ある時は門の外に投げられ、逃げようとすれば地獄まで追ってきて…。
「全く…。性懲りもなく…」
皺だらけの手で腕を引っ張られて、慌ててついていく。
小さくなった背中を見つめ、いつでも逃げ出せるようなか弱い力に拘束された。
あの頃は逃げたくても逃げられなかったのに。
今は逃げようともせずに、大人しく従っている。
「おばば、年だね」
「口を慎みなさい。これだから最近の…」
チラッと後ろを振り返り、申し訳なさそうに笑いながら、顔の前で手を合わせる。
悟は仕方がないと言わんばかりに力なく笑って、柱に寄りかかっていた。
やっぱり、私の彼氏はかっこいい。