第28章 初枝さんの思惑
「あら、坊ちゃん。おかえりなさい」
おばばは、縁側の雑巾がけをしていた。
髪は白くなり、身長が少し縮んだように見えるが、目の奥が相変わらず鋭い。
「ただいま~。元気だね」
「まだまだ現役ですぞ。おほほ」
笑い方も懐かしい。
この変に上品な笑い方を聞くたびに、悔しい思いをしてきた。
「初枝さん。坊ちゃんがお客様をお連れになりました」
「お客様…?」
バチっと目が合い、おばばの顔から笑顔が消えていく。
「こ、こ…」
「どうされまし…」
「小娘!!!」
幾年も会っていないと言うのに、よく私のことが分かったものだ。
おばばは目を吊り上げて、私を指さした。
「坊ちゃん!何を考えて…!!ま、ま、まさか…」
悟は興奮するおばばを見て、手を2度叩いて笑った。
「初枝さん、落ち着いて…!」
仲働きさんがおばばを止めなければ、私の顔に雑巾が飛んできていたかもしれない。
おかげで、安心して自己紹介できる。
「八乙女、千夏と申します。お久しぶりです!」
憎たらしくなるような笑顔を浮かべると、おばばの顔は梅干しのように赤くなり、カンカンに怒り出した。
「菊さん!この娘を追いだしておくれ!」
「な、何を…。坊ちゃんのお客…」
「この小娘だけは例外じゃ!」
御年85歳のおばばの元気な声が、脳みそに響き渡る。
その声に釣られて、ひょこひょこと、仲働きさんらがこちらを覗いている。
これをチャンスととらえたのか、悟は私の肩を抱いて、おばばに向かって笑いかけた。
「やめてよ、初枝さん。この人は、僕のお嫁さんになる人なんだから」
「な、な、な…なんですとーー!?」
おばばは失神寸前。
ぜーぜーと息を荒げて、悟の顔を見て固まってしまった。
周りの仲働きさんたちは、悟のひと言に浮きだっていた。
「だ、誰が…」
「千夏が」
「誰の…?」
「僕の」
「何に…」
「お嫁さん。結婚を前提に付き合ってるの」
おばばは金魚のように口をパクパクさせて、遂に意識を飛ばしてしまった。
慣れた手つきで運ばれるおばばを見ながら、私は初めて堂々と五条家の屋敷に足を踏み入れた。