第27章 新たな時代の幕開け
「恵ー。私、そろそろ帰るよー」
「俺はもう少し残ります」
「…それ、私も残らないといけないやつじゃーん」
先ほど連絡があり、任務が非常に巻いたので、悟が今晩帰宅してくるらしい。
久しぶりにゆっくりできると思ったので、手の込んだ料理でも作って待とうとしたけれど、どうもできそうにない。
「八乙女さん」
「はーい?」
「ちょっと試させてください」
恵が私を使うときは、とりあえず自分の動きに満足している時。
満足しても、まだ完成していないことは恵自身が分かっているので、こうして私を使って試そうとしてくる。
「足のみでお願いします」
「分かった。それに加えて、片足は移動以外で使わないであげる」
「…じゃあ」
「スタート」
”と”を言い終えたか、終えていないかの間。
私は一歩踏み出して右足を右に大きく振り、恵の足を払った。
そうすれば、様子見から入ろうとしていた体は、勢いよく横に傾き、言葉の余韻を打ち消す音を鳴らした。
「はい、終わりー」
「…ずるくないっすか」
「ズルなんかじゃないよ」
実践で足だけを使うことなんてない。
惠のように相手の様子を伺うのも大事だけれど、それより相手のスピードが上回っていたら元も子もない。
今回は足しか使わない約束で、惠は私のスピードを知っていたはずだから、今回はそんな悠長なことをせず、開始早々の攻撃を警戒すべきだった。
「もし、得体のしれない奴が相手だったら、呼吸、視線、その他もろもろの動きを観察して、瞬時に判断、行動すること」
「それは八乙女さんには効かないじゃないですか」
「それは目が慣れたないからだよ。私は目の肥えた人をごまかせると思うほど驕ってない」
術式が使えなくなり、肉弾戦を余儀なくされたとき、私が最初に必要だと思ったのは、足の動き、そして観察眼だ。
両者とも一朝一夕で身に付けられつものではないから、こればかりは慣れてしまう他ない。
「もう一回いいですか」
「いいけど、私がもう一度同じことを繰り返す優しい人じゃないことは分かってるよね」
「もちろんです」
気づきを与えるのが教育だ、と誰かが言っていたような気がする。
願わくば、この言葉が偉人の口からでていること。
私の頭に浮かんだヤクザ顔の人でないことが、幸いだ。