第22章 一握の優しさ
「でも、意味なかった。結局…千佳さんは、人形になっちゃった」
人形。
話しかけても反応無し。
ずっと空を見てるだけ。
食事も無理矢理食べさせなければ食べず、点滴が欠かせなかった。
「どうして、そんな風になっちゃったの?」
今のところ傑は関与していない。
関与するとすれば、次に出てくるだろう。
「それは…傑がっ…!」
当たり。
聞きたい気持ちはあるけれど、こんなに苦しそうにしてまで、話してもらいたいとは思わない。
しかし、話を止めようとしても、千夏は話すと言って聞かない。
「千佳さんが人形になったのは、千佳さんのお兄さんが亡くなってから」
「あの美人の…」
「愛華」
「それだ。愛華さんのお父さん?」
「…そう」
愛華さんのお父さんは、僕でも知っているほどの有名人。
現役を引退してからは表に立つことはなくなったけれど、言うまでもなく彼は金融界のキングだった。
「千佳さんのお兄さんは、真面目で誠実な人だった。だから、自分が決めたことは周りの反対を押し切ってまでやり遂げる。そうして成功をしてきたから」
金融界は闇が深い。
金が絡むと人間は悪魔になり得るから。
その中で反対を押し切り成功を手にするということは、相当の実力者なのだろう。
「だから、千佳さんのお兄さんが宗教にのめり込んでも、誰も止められなかった」
「宗教…」
「その宗教は、私や悟からしたらインチキ以外の何物でもない。ただ、呪いを祓っていただけ。教えもクソもない」
思わず、頭を抱えてしまった。
やっと、話が見えてきたから。
とんでもない真実が、露わにされようとしている。
「千佳さんのお兄さんは、傑に殺された。お金の支援がなくなったからって…!」
「もういい。分かったよ」
千夏の頭を押さえつけ、これ以上話せないようにした。
話して欲しくなかった。
聞きたくなかった。
親友を守っているのか、恋人を守っているのか、はたまた自分を守っているのか。
自分は今、何を守っているのか分からない。
分かりたくもなかった。
自分が千夏を信用できなくなっていることを、知りたくなかった。