第22章 一握の優しさ
「最初は純粋に強くなりたかった。けど、途中からは『傑を殺す』ために鍛錬してた」
「い、今なんて?」
「…傑を殺すって言った」
いやいや、ありえない。
千夏が、傑を?
「だからこの前、本気で殺すつもりで行った。でも、無理だった。恨みよりも思い出が上回って、傑を信じちゃった」
「待っ…」
「それでも、やっぱり恨みが戻ってきて、傑のお腹に刀刺して、治りにくい傷をつけたのに。結局、自分の治癒よりも、傑の治癒を優先して、完治させちゃった」
色々、色々、分からない。
僕の知らない領域の話を、休む暇なくされても、ついていけるわけが無い。
「分からないことだらけなんだけど」
「聞いて。答えるから」
「…どうして傑を殺そうとしたの?」
「憎かったから」
「千夏は誰も殺さないでしょ」
「…殺したくないよ。でも、殺さないといけない場合もある」
違う、千夏がそんなことを考えるのは好ましくない。
千夏はそんな人間になったらダメなのに。
「何でそんな考え方をするようになっちゃった?」
「…傑のせい」
「傑?」
いつも意外なところで傑の名前が出てくる。
どうやら、僕よりも千夏の人生に、君の名前はくい込んでいるようだ。
「アイツは…私の、大切なものを奪った。千佳さんの、笑顔を奪った…!」
千佳さんは、確か『しーさん』と同一人物。
千夏の育て親だ。
「…話したくなかったら、話さなくてもいいよ」
千夏にとって千佳さんがどのような人物であるかを知っている。
出会った時から今まで、何度も千夏の口から彼女の名前を聞いてきた。
だから、この先の話が辛いものであることは容易に予想できるし、それは千夏の口調からも読み取ることが出来たから、話すことで千夏が傷つくことは分かる。
「再会したとき、千佳さんはあまり笑わない人になってた」
話し続けるのなら、それはそれで結構。
この前の話からは、千佳さんがよく笑う人であるという印象を受けたが、それは僕の想像違いだったようだ。
「だから、昔の千佳さんに戻って欲しかった」
千夏はそのために、毎日のように八乙女家に通ったらしい。
千佳さんのお客さんだとしても、周りに良い顔はされなかったけれど、毎日通い続けた。