第21章 紡いだ新たな線
悟の家と駅はさほど離れている訳ではなく、一瞬でスーツケースは家に運び込まれた。
先程とは違い共同入浴をせがんでくることはなくなり、ゆっくりと真っ白なバスタブに沈むことが出来た。
お風呂から上がると、ふわふわのタオルで体を拭いた。
何から何までホテルのような家に、少し緊張する。
髪の毛を乾かしてからリビングに戻ると、悟が真剣な顔で携帯をいじりながらウロウロしていた。
「あ、おかえりー」
「ただいま」
私が視野に入ると、携帯をソファに投げ捨て、私の手を取って横に揺らす。
「僕と同じ匂いがするの、サイコーだね」
この言葉には苦笑い。
さっきの真剣な顔を見るに、何かあったんだろうなと考えてしまう。
私が踏み込める領域でないことは分かっている。
それでも…。
「何かあった?」
「ん?何も?急にどうした?」
「真剣な顔してたから」
「僕はいつでも真剣ですぅー!」
きっと私が思っている”真剣な顔” と、悟が思っているソレは違うと思う。
悟はちゃらんぽらんに見えて、意外と頭を使っている。
その中でも、さっきの顔は”何かを守ろうとしている真剣な顔”。
あの顔をことある事に見てきた。
今、悟が守ろうとしているのは、私であるはずがない。
「乙骨君?」
私の口からその名が出てきたことに余程驚いたのか、悟は私の頬を引っ張って本日幾数回目の本人確認をされた。
「痛いなぁ…もう」
「千夏のアイデンティティはどこに行ったのさ〜」
「頭の悪さをアイデンティティって言うの、やめろ」
千春達の修行の中で、アマゾンの森で1人で生活するものがあった。
日本に比べて外国は呪霊の数が少なく、力のコントロールができない私が3人の力を借りずに生活するのには、もってこいだった。
そして、なぜ森で生活したかと言うと、私の根本的な馬鹿さを治すためらしい。
先人達のような生活の知恵というものを、自力で身につけることが最短だろうと千秋が面白半分で言った結果、様々な偶然が重なり実際に行うことになった。
あの森で過ごしたことが無駄になったとは思わないが、もっと他に方法があったと思う。