第19章 10年の後悔と1時間の奇跡
『アイスコーヒーとか、寒くね?』
『気分だったんです。そっちこそ、似合わないもの買ってますね』
五条さんが購入したのは、ただの水。
五条さんがただの水を持っていることが異色だった。
『イチゴミルクは飲まないんですか?』
『あー…部屋にあるよ。持ってく?』
『自分で飲めばいいじゃないですか』
『あんな沢山飲めるか』
自分で買ったくせに。
何を言っているんだと思った。
「本当にそう言ってたの?」
「はい」
「おかしいよ」
そして、八乙女さんもおかしいと言っていた。
「コンビニ行って、毎回買ってたもん。五条、イチゴミルク信者だから」
一緒にコンビニに行って、八乙女さんと五条さんが、それぞれコーヒー牛乳とイチゴミルクを購入する。
それがいつものルーティンだったらしい。
しかし、その裏には優しい愛が隠されていた。
『あいつ、昔コーヒー牛乳とイチゴミルクのどっちを買うか迷ってたんだよ。その時はコーヒー牛乳を選んだから、俺はイチゴミルクを選んだ。そうすれば、後で気が変わっても飲めるだろ?』
「そしたら、いつの間にかルーティンになったと」
「嘘」
「ほんとですよ」
本当に八乙女さんを大切にしているのだと、その時感じた。
五条さんから優しさのオーラが微小感じられるようになった。
『すみません』
『別にいいよ』
『…すみません』
五条さんは購入した水を飲まずに、ずっと手で遊ばせていた。
元々、飲みたくて買ったわけではないのかもしれない。
『なぁ。七海』
『はい』
『俺…』
言葉を選んでいた。
あるいは、言うかどうか迷っていた。
『死ぬのはダメですよ』
八乙女さんの言葉遣いが移った。
五条さんは上を見上げ、目だけをこちらに向けた。
『はっ。死なねーよ』
そして、形だけの笑いを吐き捨て、初めて水に口をつけた。