第19章 10年の後悔と1時間の奇跡
「むかっしから七海ちゃんはむすーっとしてさ!愛想悪いし」
「あなたにだけですよ」
「あー、なるほど。特別扱い&愛情の裏返しってわけね。ツンデレ?」
自分の座席も後ろに倒し、彼女と並んだ。
上を見ながら、永遠と一人でしゃべっている。
その様子を横から眺めていた。
「八乙女さん」
「ん、何?」
「五条さんの話をしてもいいですか」
「え、いいよ!しよしよ!」
期待されているような話ではないけれど、まあいいだろう。
彼女にとっては、どんな話でも五条さんの名前が出れば嬉しいと、昔言っていたような気がする。
「手紙に『五条さんを1人にしないで』と書かれたのを覚えてますか?」
「軽く。ちょっと忘れてた」
八乙女さんらしい。
申し訳なさそうに笑う顔も変わっていない。
「守ってくれた?」
「ある程度は」
「ありがと」
この話をすると五条さんに怒られそうだが。
彼女になら話したとしても、殺されはしないだろう。
「一度、死のうとしてました」
「え…?」
「行動を起こしたわけではありませんが、心の持ちようが…」
八乙女さんがいなくなってから、五条さんだけでなく、彼女を知る人たちから覇気が消えた。
大事なピースがかけてしまったのだと、気づかされた。
そう、誰もが感じていた。
ある日、偶然自販機の前で五条さんに会った。
軽く挨拶をして、先に購入を譲った。
さんきゅ、と短く感謝した五条さんが、ポケットから財布を取り出した。
『五条さん…?』
『ん?』
『…いえ、何でもないです』
『そっ』
思わず声をかけてしまうほど、五条さんから感情が読み取れなかった。
無表情などというレベルではない。
全身から”無”を感じた。
『買わねーの』
『あ、買います』
動揺して、飲みたくもないコーヒーを買ってしまった。
冬の夜なのに、アイス。
『じゃーな』
『ま、待ってください』
このまま五条さんを帰したら、危険だ。
本能がそう言っていて、八乙女さんの頼みを思い出し、五条さんの時間を少しもらった。