第19章 10年の後悔と1時間の奇跡
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久しぶりにあのパンを食べたくなり、パン屋に言ったものの、求めていた商品は完売。
八乙女さんも見失い、パンも買えない。
探し求めたものは何一つ手に入らなかった。
「ち、なつさん…」
しかし、彼女が今腕の中にいる。
たまたまあちらが転んだからこのような状況になったわけであり、まさに運が良かった。
「お知り合いでした~?」
「…まあ」
「すごい偶然ですね!」
八乙女さんが姿勢を直すのを確認してから、手を放す。
「…」「…」
「…じゃ、じゃあ、私は仕事に戻りますね!ごゆっくり!」
大きな紙袋にはパンが入っているのだろう。
大事そうに抱きかかえ、じっとしている。
「…移動しましょうか」
「車?」
「近くに止めてますが、他が良ければそれで」
「OK。私が運転するよ」
「死に急いでないので、遠慮願います」
「ひど。まあ、免許持ってないんだけどね」
この適当さ。
懐かしい。
彼女の荷物を持ち、ドアを開けて待つ。
店の外に出ると、彼女はフードを被り、サングラスをかけた。
元からマスクを身に着けていたため、まさに不審者のよう。
けれど、本人はいたって真剣に変装しているようだったので、何も言わないでおいた。
「おっ。ドア開けてくれてサンキュー。紳士じゃん」
「普通ですよ」
「そう思ってるのが、イケメンすぎ。おいしょっと。しばらく車ん中で話そうよ」
「分かりました」
八乙女さんは座席を倒し、大きく伸びをした。
変装は解かないのかと聞くと、どこで誰が見てるか分かったものではないと言われた。
およそ十年前の、八乙女さんが消えなければならなくなった出来事は知っているが、いまだに彼女の命が危うい状況にあるとは。