第19章 10年の後悔と1時間の奇跡
ぎゅっと。
骨がきしむほど、強い力が左手に加わった。
けれど、彼女が発した声は、反対に柔らかかった。
「七海ちゃんはさ、空が青以外の色だったら、何色がいいと思う?」
彼女はどこまで行っても、八乙女千夏だ。
「私はね、黒がいいと思うんだ。そしたら、雲が映えるでしょ?七海ちゃんは?」
「…今、話すことですか」
「そうだね」
「今…!話すことですか…?」
ふざけてる。
いつも通りの彼女が、忌々しい。
「じゃあ、どんな話をすればいいの?」
そういうことではない。
本質を逸れた返答に、腹が立つ。
「七海ちゃんのさっきの発言に、突っかかった方が良かった?」
ああ、もう。
どうにでもなれ。
「黙って下さい」
手を無理やり振りほどき、タオルを外した。
タオルは外さなければよかった。
彼女の不敵な笑み見ずに済んだのだから。
「あなたには…人の心がない」
「よく言われる」
「デリカシーもない」
「それも、よく言われるよ」
言ってはいけない言葉ばかりが、喉に蓄積されていく。
体が震える。
「千夏。やめておけ」
「何を」
「千夏と七海は違う」
「…知ってるよ」
夏油さんは本当に落ち着きがある。
彼女相手に態度を変えないなんて、常人ではない。
「七海ちゃん」
八乙女さんに手を差し伸べれられたが、当然取るわけがない。
この部屋にこれ以上いたら、おかしくなる。
「七海ちゃん」
「帰ります」
「待って」
揺れたタオルを掴まれた。
いいから、早く部屋に帰らせてくれ。
1人にしてくれ。
「1人にはさせない」
「1人にさせてください」
「させない」
「八乙女さん…!」
タオルを思いっきり引っ張ると、八乙女さんが椅子からずり落ちた。
私は、手を差し伸べることなく、荒い息を漏らして静観していた。