第19章 10年の後悔と1時間の奇跡
けれど。
「七海ちゃ~ん」
「…やめてください」
彼女は灰原の死を知っても尚、自分が知っている彼女のままだった。
自由気ままに動き、自分の心を逆撫でる。
その証拠に、場面に合わない声色を出し、自分の肩にもたれかかってきた。
そのような態度のまま、灰原の死を掘り返して、責めてくれるならよかった。
そうすれば、灰原の死を語ることで、先ほどから渦巻いている自分に対する怒りを言葉にできる。
しかし、彼女は何も言わなかった。
肩にもたれかかって、体を寄せてくるだけ。
堪らなくなり、一人にしてくれと頼んだ。
しかし、返ってきた答えはNO。
「何故です」
「どんな時でも一人になるのはダーメ」
タオルを取って、彼女の顔を見ると、笑っていた。
入浴中に鼻歌を歌うような、そんな心地よさの中にいるような顔だった。
「…灰原を、見ましたよね」
「見た」
頭の中に手に持っているタオルで、八乙女さんの顔を殴る未来が見えた。
そんな未来は好ましくない。
もう一度、タオルを乗せて上を見上げた。
しばらくすると、誰かが部屋に入ってきた。
八乙女さんと目で会話したかどうかは知らないが、その人はすぐに灰原に寄った。
そして、シーツを捲った。
その人が誰なのかは分からないし、その人が灰原をみてどう感じているかは知らない。
けれど、もう限界だった。
止まらない後悔と、場違いな表情をしている彼女が隣にいることに、耐えられなかった。
「なんてことはない2級呪霊の討伐任務のハズだったのに…!」
こんなことを話してどうなる?
どうにもならない、自分を責めてくれるかもしれない。
「クソッ…!」
灰原が帰ってくるわけでもないのに?
分かってる、これは自己満足だ。
「産土神信仰…。アレは土地神でした…。1級案件だ…!!」
言い訳をずらずらと吐いた。
すると、隣にあった温もりが、手を握ってきた。
払っても、再び握ってくる。
女性とは思えないほど、強い力で握ってきた。