第19章 10年の後悔と1時間の奇跡
*****
人は死ぬとき、何を考えているんだろうか。
来る時をして死ぬならば、それなりの覚悟ができているかもしれない。
けれど、未来ある人間に突然の死が降り掛かった場合、自分の死を受け入れることができるだろうか。
不特定多数の、自分とは全く関係ない人を救う代わりに、自分の命を差し出さないといけない場合。
その死を仕方のないものだと思えるのだろうか。
『あとは頼むよ、七海』
不条理な死を受け入れたとして、最後の力を振り絞ってまで笑おうと思えるのだろうか。
人が死ぬことは分かっていた。
テレビや新聞が、毎日誰かの死を報道してくれているから。
知り合いの死に立ち会ったのも、初めてではなかった。
祖父母が幸せそうに天に召されていくのを見たことがある。
けれど、こんなにも人は簡単に死ぬのか。
こんなにもあっさりと。
ドキュメンタリーでよくある、治療で一命をとりとめたというのは、限りなく少数派であり、実際は治療なんていう猶予を与えられず死んでいく。
寒くないのに、手が震えた。
『やっほ。どうした~?』
不思議なことに、この時の自分はこの事実を伝えるために八乙女さんを選んだ。
彼女のことを特別信頼していたわけではないし、連絡帳の上部に名があったわけではない。
「八乙女、さん」
『…何があった』
それに、彼女の行動は癇に障る。
できれば、あまり関わらないでおきたかった。
けれど、なぜか一番に連絡を取ったのは、彼女だった。
「灰原が…死にました」
自分で言葉にすると、現実感が増す。
もう妄想上の出来事だったと、言い訳をして逃げることはできない。
『そう。後どのくらいで着く?』
「20分くらいです」
『分かった』
自分は彼女からのいたわりの言葉を待っていたのだろうか。
私は彼女に何を期待したのだろうか。
電話を切られた瞬間、絶望感が一気に押し寄せてきた。
そして、枯れてしまったと思っていた涙が溢れた。