第19章 10年の後悔と1時間の奇跡
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息苦しい。
決して体力不足ではない。
動揺によって息遣いを忘れてしまった。
その上、東京のビル街を走っているのだから、早々に息が上がってしまった。
私がこんな目にあっている理由は、自分の勝手な妄想だった。
こうであってほしい。
そんな何の根拠もない望みに触発されてしまった。
きっかけは一本の電話。
会社に勤めていた頃、教育係として担当させてもらった新人の山田君からの久しい連絡だった。
『さっきから、入り口で〈七海ちゃんを呼んでくれ〉って叫んでる人いるんですけど、七海さんの知り合いですか?』
七海ちゃーん!!―――――
私を『七海ちゃん』と呼ぶ人なんてそうそういない。
過去に全くいなかったわけではないが、私が思い浮かべた人は既に亡くなっている。
亡くなったんだ、あの日の失礼を詫びることができないまま。
『どんな時でも一人になるのはダーメ』
何をしているんだと自分でも思っていた。
けれど、山田君に〈七海ちゃんと叫ぶ人〉の特徴を聞かずにはいられなかった。
女性で、身長は平均的。
黒髪ストレートで、スポーツバックを背負っている。
これだけでは分からない。
他に。
何か。
彼女を特徴づけるもの…。
『あ。スピーカーにして声聞きますか?』
そうだ。
声を聴けば一発じゃないか。
なぜ思いつかなかった?
(もしかして、怖がっている?)
彼女がもし、奇跡的に、何らかの理由で生きていたとしたら。
私は、果たして彼女に会うのは正しい選択なのだろうか。
いや、会わなくてはならないのは分かっている。
けれど、このためらいは何だろう。
素直に会いに行こうと言うことができない。
「…そうですね。知り合いだとしたら、まずいですし」
落ち着け。
彼女が生きているわけないだろう。
五条さんも家入さんも、本気で悲しんでいたじゃないか。
生きている、わけがない。